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生前の備え

自社株の家族信託|社長の認知症で会社が止まる前に——議決権と財産権を分ける承継設計

公開日 2026年8月18日 ・ 更新日 2026年8月18日 ・ 7分で読めます

個人の預金が認知症で凍結する話(認知症の口座凍結)は広く知られるようになりましたが、オーナー経営者にはもう一つ、はるかに影響の大きい凍結があります。社長が認知症で意思能力を失うと、保有する自社株の議決権が行使できなくなり、株主総会の決議——役員の改選、決算承認、定款変更、増資も M&A も——が何もできなくなるのです。株式の大半を社長が握る中小企業では、これは会社そのものの機能停止を意味します。

この「経営の凍結」に対する現実的な処方箋が自社株の家族信託です。核心はシンプルで、株の名義と議決権の行使は後継者(受託者)へ、配当などの財産的な利益は社長(受益者)のまま——経営権と財産権を分離すること。この記事では、その仕組み、実務で使われる設計パターン、そして事業承継税制との重要な関係(併用不可の注意)を解説します。

何が起きるか——「社長の認知症」の会社への波及

  • 議決権は一身専属的な意思表示であり、家族による代理行使はできず、成年後見人を立てても、後見人は本人の利益保護が職務のため機動的な経営判断(リスクある増資・事業譲渡等)には対応しにくいのが実情です。後見制度の性質(成年後見をやめたい)は会社経営と相性がよくありません
  • 取締役としての社長も、意思能力喪失で職務執行が事実上できず、代表者不在+大株主の議決権凍結のダブルパンチになります。銀行取引・許認可・重要契約が滞り、事業価値は日ごとに毀損します
  • そしてこのリスクへの備えは、贈与でも遺言でも事業承継税制でも解決しません。遺言は死後にしか効かず、税制は税の問題しか扱わない。「生前・判断能力喪失後」の空白を埋められるのは、実務上ほぼ信託だけです

仕組み:議決権と財産権の分離

自社株の家族信託 ― 議決権と財産権の分離構造を示す図解
図:自社株の家族信託 ― 議決権と財産権の分離構造
  • 基本形:社長(委託者兼受益者)が自社株を信託し、後継者(受託者)が株主名簿上の株主となって議決権を行使。配当や株の経済的価値(受益権)は社長に残ります
  • この形なら、①社長が認知症になっても受託者が議決権を行使でき、会社は止まらない ②自益信託なので信託設定時に贈与税はかからない(信託と贈与税)③社長の生活原資(配当・役員退職金の受け皿)は守られる——凍結対策・税・生活の3点が同時に手当てされます
  • 指図権の留保:「社長が元気なうちは、議決権行使は社長の指図に従う」と契約に定める設計です。元気なうちは実質的な経営権を握ったまま、判断能力を失った時点から受託者の単独行使に自動移行——「まだ譲りたくない」と「もしもに備えたい」を両立する、自社株信託で最も使われるパターンです

承継まで設計する——遺言代用・受益者連続・拒否権

  • 遺言代用型:「社長死亡後の受益権は後継者が取得」と定めれば、遺言なしで自社株の承継先が確定し、遺産分割による株式分散(自社株の相続と評価のリスク②)を構造的に防げます。死亡時の受益権移転には相続税がかかります(遺贈と同じ扱い・信託終了時の税金
  • 後継ぎ遺贈型受益者連続:「妻→長男→(長男亡き後は)孫」のように、二代三代先までの承継先を今の契約で指定できるのは、遺言にはない信託だけの機能です。後継者に子がいない場合の「その次」まで縛れます(期間制限・遺留分への配慮あり)
  • 分散済みの株の集約や、後継者を試す期間にも応用できます。受託者を一般社団法人にする設計、信託監督人(信託監督人・受益者代理人)による受託者の暴走チェック、拒否権付株式(黄金株)を1株だけ社長に残す併用など、会社の実情に合わせた変形が可能です

注意点——特に「事業承継税制との併用不可」

  • 最重要:信託した株式には、事業承継税制(事業承継税制)の納税猶予が適用できません。「凍結対策は信託、税対策は税制」を同じ株で同時には使えないのです
  • 実務の使い分けの考え方:税負担が軽い会社・税制の取消リスクを嫌う会社→信託中心猶予税額が大きく税制を使う会社→税制で早期に贈与を実行し、贈与までの「つなぎ期間」の凍結リスクを最小化(この設計比較こそ専門家の仕事です)
  • その他の注意:①受託者(後継者)に議決権が移る以上、人選を誤ると解任の困難な「院政の逆転」が起きる——指図権・監督人・解任条項でガバナンスを設計する ②譲渡制限株式の信託には取締役会(株主総会)の承認と株主名簿の書換えが必要 ③金融機関の融資契約(チェンジ・オブ・コントロール条項)や許認可への影響を事前確認 ④税務(法人税・受益者課税)の整理は税理士必須
  • 契約できるのは社長に判断能力があるうちだけ。軽度認知障害(MCI)の疑いが出てからでは公証人の意思確認を通らない可能性が高まります。「まだ早い」が唯一の適齢期です(認知症対策はいつからの考え方と同じ)
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よくある質問(FAQ)

株を信託したら、社長は経営から退くことになるのですか?

なりません。指図権を留保すれば、元気なうちの議決権行使は実質的に社長の意思どおりで、代表取締役としての地位・報酬も信託とは無関係に続きます。変わるのは株主名簿の名義と「もしものときの備えがある」ことだけです。むしろ「引退の道具」ではなく「引退時期を自分で選び続けるための道具」と理解してください。

後継者がまだ決まっていません。それでも信託できますか?

工夫次第で可能です。受託者は「経営を任せる人」と同一である必要はなく、たとえば配偶者や一般社団法人を受託者にして凍結対策だけ先行させ、承継先(帰属権利者・二次受益者)は後から変更できる設計にしておく方法があります。ただし受託者には株主総会での判断が委ねられるため、指図権・監督人によるガバナンス設計が通常以上に重要です。後継者未定こそ、遺言や税制では対応できない信託向きの局面といえます。

費用はどれくらいかかりますか?

一般家庭の家族信託(家族信託の費用)より高くなるのが通常です。株価算定・定款や譲渡承認手続きとの整合・税務検討が加わるため、専門家報酬の相場は財産規模と設計の複雑さに応じて数十万円〜百数十万円程度、公正証書費用等が別途かかります。ただし比較対象は「社長認知症で会社が止まった場合の損失」と「事業承継税制の取消リスク」です。顧問税理士と信託に強い司法書士・弁護士のチームで見積りを取ってください。

まとめ

  • 社長の認知症=議決権の凍結=会社の機能停止。遺言・贈与・税制では防げない空白
  • 信託で議決権(受託者=後継者)と財産権(受益者=社長)を分離。指図権留保で「まだ譲らない」も両立
  • 遺言代用・受益者連続で分散防止と数世代先の指定まで。ガバナンス設計はセットで
  • 信託株式に事業承継税制は使えない。税制との使い分け設計は専門家チームで

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この記事の監修

ゾウゾクグループ

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